衣替えしました。いまさっき
春にも大分捨てたような気もしますが、服。
でも大量に出ました。捨てる服。
かわいそう。もうらしい。
でも、仕方ないの、ゆるして
捨てないと、私の部屋が爆発しちゃう。
ブランド物は売ってみます。ああ、手間暇。
私の部屋の中の物の、ヒエラルキー
作品
画材
人形
本
CD
小物
服
化粧品
他
服好きなのにね、地位がそんなに高くないの。
だから保管状態最悪なのだ。
気を抜くと、すぐ
喫煙者の服になっちゃう。
服がかわいそう。
母から、言われた。
今は楽しくてそれどころじゃないかもしれないけれど、
絵はずっと描き続けなさい。
そして、作品は大切に取って置きなさいね。
と。
あれだけ、私が絵描きになることを反対した母が
今ではこう言ってくれている。
嬉しいな、嬉しいな。
そして私は、こう返した。
絵は一生描き続ける。
絵は私の救いだから。
私は辛い時、絵を描く。
私の捌け口になってくれるから。
確かに、今は前程描きたい衝動が無い。
それは満たされてるからなんだ。
白黒衝動作品は、その名の通り
衝動で描いていた。
白い紙に、失敗しても関係無しに、ペンで。
空間を埋めることで自分の心を埋めて
辻褄を合わせることで自分の矛盾を正当化した。
その衝動作品が、最近では
空間だらけになり
一つの単純なテーマしか描けなくなってしまった。
観てもらえれば分かるかと
以前の様な勢いで、以前の様な作品は
もう描けない気がする。
でもそれで良いと思っているのです
あの、空間をカオスで埋め尽くした作品を観ると
あの時の自分の情緒が思い返せる。
例えば、一番思い入れの強い作品、『螢』
白黒作品の中で一番好評かもしれない。
何故、この子は泣いてるの?とよく聞かれるが
あれは私だ。
蛍は命。
河は輪廻。
鳳凰と龍は司るもの。
人は何故死を嘆くのだろう
『死神』もそうだ。
あの少女は死。
風船は命。
回転木馬は輪廻。
命について考え、悩んだ時は、こうなる。
今は特別悩みが無いから、カオスは生まれない
悲しいこと。だけれど
生きる上では幸福なこと。
だんだん、私の作品が
幸せな御伽噺に変化していく
寂しい気もする。
でも
変化してゆく私を見て下さい。
そんな気分。
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